「秘密の金庫番」の使い方(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

「秘密の金庫番」の使い方(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2015年 7月 23日

 特許庁が平成28年度から「秘密の金庫番」を始めるそうだ。「営業秘密の開発時期と内容を暗号化したデータを専用サーバーで保管」という無料のサービスらしい。一言で言えば、公的証明書がもらえるタイムスタンプ付きのデジタルアーカイブという感じであろう。ここに営業秘密を管理しておけば、少なくとも、その営業秘密を保持していた事実の立証には役立つと思われる。
 ただし、秘密の金庫番に保管しておけば万全という訳ではない。やはり、その使い方が問題だ。
 開発した技術内容を、特許出願をせずに護ろうとする場合、不正競争防止法上の営業秘密として保護する方法、特許法上の先使用権によって保護する方法が考えられる。
 ここで、不正競争法上の営業秘密として保護するためには、その技術内容を秘密として管理しておくこと(秘密管理性)が要求される。「秘密の金庫番」への保管は、その時点で「秘密を保有していたこと」の証明にはなるし、「秘密として護ろうとしていた」ことの一応の裏付けにはなるだろうが、それだけで「秘密として管理していたこと」を立証できるものではない。社内で、誰でも見られる状態で資料がオープンにされているようでは、「秘密の金庫番」に保管したところで、営業秘密としての保護を受けることはできないであろう。
 また、先使用権で保護を図る場合には、技術内容(発明)が完成していたことだけではなく、事業の実施またはその準備がなされていたことが要件となる。この立証がなかなか難しい。実際に事業を行っているときでも、開発された技術内容と、実施している事業とを結びつける証拠は十分にそろっていないことがあるのだ。やはり先使用権で保護しようと考えるのであれば、その時点で、第三者の客観的な視点で先使用権を主張できるだけの証拠をそろえ、それら一式を「秘密の金庫番」に預ける運用が好ましいと思われる。
 「秘密の金庫番」は、有用なツールであることは間違いないが、どれほど良いツールでも、それを活かすか否かは使い方次第ということであろう。


職務発明制度の見直しについて(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2015年 3月 16日

平成27年3月13日(金)、職務発明制度の見直しを含む特許法の改正について閣議決定がなされた。
今まで、企業の従業員等が業務として完成させた発明(職務発明)は、従業員等のものとされていた(その後、企業に移転していた)のを、最初から企業のものというように扱いを変えるという内容だ。この改正については議論もあり、若干、右往左往した感もあったが、ともかく方向性が決まったことになる。

改めて改正内容を見てみると、上述の帰属の点については、
職務発明(特許法35条)において、3項に「…職務発明については…あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは…発生した時から当該使用者等に帰属する。」とある。
もちろん、無償ではなく、4項において「相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する」と規定されている。
従来は、職務発明を企業に移転するのと引き替えに対価の支払いを受けるという枠組みだったのが、職務発明をしたら(無条件に企業に帰属するけど)、企業から相当の利益を受けることができますよという枠組みに変わったということになる。
従来は、対価を払って職務発明を「買っていた」のが、職務発明は最初から企業のものだから対価はいらず、ご褒美をあげればそれで良い、というように変わったのだ。当然、従業員に支払われる「相当の利益」とやらの金額は、低くなるだろう。

ただし、この対価の定め方について、合理的なものでないといけないですよ、という従来の規定は踏襲しつつ、6項で、「経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする」との規定が設けられた。
職務発明規定が合理的と言えるかを争った判例があり(東京地判平成26年10月30日(H25(ワ)第6158号))、今後も、就業規則等が「合理的」か否かは争点の一つとなる。
また、6項に定められた「指針」に準拠しているか否かも争点となる。
つまり、従業者は、就業規則等で「相当の利益」が定められているとき、それが合理的か?というハードルを超え、指針に準拠しているか?という第2のハードルを超えて初めて、その金額を具体的に争うことになる。
しかも、その金額は、発明の対価が基準となるのではなく、6項の指針に従って判断されることになろう。
この先、どのような「指針」が出されるのか。それが重要と思われる。


CONVERSEの意匠権侵害?(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2014年 10月 17日

米国のコンバース社が日米6カ国の会社を意匠権侵害でニューヨーク地裁に訴えたというニュースが流れた(例えば、こちら)。
コンバースと言えば、あの有名なハイカットバスケットシューズの会社であり(筆者が若いころは「バッシュー」とか「ハイバッシュー」と言っていた)、訴えられた会社は、似たデザインの靴を製造、販売しているということだ。
しかし、ちょっと待て。意匠権?
意匠権というのは、どの国でも、権利の存続期間は限られている。米国の場合、登録から14年間だ。
どう考えても、コンバースのハイバッシューは、それよりも古いぞ。果たして意匠権が存在しているのか?
そこで、米国の記事に当たってみた。ここには、「商標権侵害(trademark-infringing)」と書いてある。なるほど、商標権ならば、更新することで現在も権利が生きていることは十分考えられる。
次に、米国特許商標庁のHPにアクセスして、コンバース社の商標権を調べてみる。すると、確かにあった。見慣れたハイバッシュ-の形状そのもので商標登録がなされている(登録番号4065482)(日本で言うところの立体商標というやつである)。出願日は2010年5月11日、登録日は2011年12月6日と比較的新しい。コンバース社は、全部で276の登録商標を有しているから、他にもハイバッシュ-に似たものが登録されているのだろう。(さすがに全部は見ていられなかった)
知的財産に関するニュースでは、制度を誤解して内容が不正確になっている場合があるので、注意が必要かも知れない。


韓国でコンピュータプログラムの請求項が可能に(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2014年 7月 08日

韓国の特許の審査基準が改正され、7月1日から「コンピュータプログラム」という請求項が認められるようになった。
日本では「コンピュータプログラム」という請求項が認められているが、韓国では、これまでは、「コンピュータプログラムを記録した記録媒体」(CDやDVDなど)という形でしか認められてこなかった。今回の改正で、プログラムの保護の態様を拡大したことになる。
ただし、日本では、単純に「コンピュータプログラム」という態様を認めているのに対し、韓国では、「媒体に記録されたコンピュータプログラム」という表現を要求するようだ。
とすると、「媒体」の意味が問題となる。
ここで言う「媒体」が、単体の媒体(例えば、CD、DVD、コンピュータのハードディスクなど)を意味するのであれば、コンピュータプログラムという請求項を認めたとしても、その実質は、今までの「記録媒体」という請求項と変わらないのではなかろうか。これに対して、「媒体」が、複数の媒体でも良い(例えば、ネットワークで接続された複数のサーバなど)ということになれば、コンピュータプログラムという請求項の保護範囲は、今までよりも、かなり拡大されることになる。
いずれにしても、請求項の表現の範囲が広がったのは歓迎すべきことである。
実質的な保護範囲については、今後の実務動向を見極める必要があろう。


「地域名+商品(サービス)名」=地域団体商標か?(弁理士・弁護士 加藤光宏)

  • 2014年 7月 06日

地域団体商標という制度がある。いわゆる地域ブランドを守るための制度で、「地域名+商品(サービス)名」に商標登録を認めるという制度だ。
平成25年9月末時点で、551件の登録があるとのことだ。
愛知県では、「蒲郡みかん」「有松鳴海絞」などが登録されているし、東海地方で見ると、「静岡茶」「熱海温泉」「飛騨牛」「関の刃物」「松阪牛」「伊勢うどん」などが登録されている。
その一方で、喜多方ラーメンのように登録できなかったなどという例もあり(参考記事)、「地域名+商品(サービス)名」であれば、何でも地域団体商標として登録を受けられるという訳ではない。
地域団体商標として登録を受けるためには、
(要件1)組合などの団体が使う商標であること(一企業だけが使うものはダメ!)
(要件2)商品や主要原料の産地、提供地など商品(サービス)が地域と密接に関連していること
(要件3)上記の団体などが使用してある程度周知になっていること
(要件4)普通名称になってはいないこと
という条件を満たす必要がある。
有名な商標などでは、既に組合や団体以外の者も使用しているため、要件1を満たさなくなってしまうようだ(先の喜多方ラーメンは、このパターン)。特許庁による分析でも、地域団体商標が拒絶される事例の70%が、この要件を満たさないことによるものとされている。

さて、出願にあたって、気になるのが要件2だ。
地域と商品等との密接な関連というのは、いくつか例を見ればわかると思う。
例えば、
「和歌山ラーメン」は、「和歌山県産のスープ付き中華そばのめん」を指定商品として登録されている。
「姫路おでん」は、「姫路市におけるおでんの提供」を指定役務(サービス)としている。
「伊勢うどん」という商標は、「三重県産のうどんのめん」が指定商品だ。
個人的には、「伊勢うどん」というのは、あの太い麺と、濃いタレに特徴があり、それが伊勢地方発祥というだけであって、うどんの麺が三重県産かどうかということに は、あまり関係ないと思うのだが、地域団体商標の登録を受けるためには、指定商品を「三重県産」と限定する必要がある。仮に、この組合が、三重県外に、大きな うどん工場を作って、伊勢地方はもちろん、県外にも伊勢うどんを提供するようになったら、指定商品である「三重県産」の麺に対して商標を使用していないことになってしまうのではないだろうか。特許庁の審査基準を見ると、地域との関連については、「●●地方に由来した製法の××」という指定も認められているようだが、こうした指定も、「製法が異なったら?」という疑問はぬぐえない。
また、「姫路おでん」のように「姫路市におけるおでんの提供」という指定の場合、姫路市以外に全国ブランド化を図ることは困難なのではなかろうか?

地域団体商標が地域ブランドを保護するための制度であることを考えれば、地域との密接な関連を要求するのは当然のことである。しかし、逆に、地域名を入れた商標だからといって、必ずしも「産地」「提供の場所」「製法」などの意味で、地域と密接な関連があるとは限らない(名前をつけるときに、安易に地域名や自分の名字などを入れるのは、ありがちなことだろう。)。また、地域ブランドを、将来、どのように活用していくのかも考慮しなくてはならない。
本当に地域団体商標として登録する他ないのか?また、地域団体商標として出願する場合に、安易に「●●産の」等で指定をしてよいものか?
よく検討した方がよいかも知れない。


やるなぁ、USJ(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2014年 6月 26日

大阪府のキャラクター「モッピー」が改名するそうだ。すでにユー・エス・ジェイ(USJ)が商標登録しているとのこと(関連記事)。

ちなみに、USJが登録しているのは、MOPPY/モッピー(商標登録5440951)である。この記事を見るまで、全く知らなかったのだが、USJが、エルモのお友達としてPRしているキャラクターの名前だ(USJのHPはこちら)。

大阪府のモッピーは、平成9年に実施したなみはや国体のマスコット。USJのMOPPYは、平成23年2月22日に出願されているから、大阪府がなみはや国体の頃に、さっさと商標登録出願を済ませておけば、今回のような問題にはならなかったはず。大阪府にとっては、登録せずに放置しているとこういう困った事態が起きるという、いい教訓になったことだろう。

さて、USJのMOPPYのホームページを見て、「やるなぁ!」と感心したので、少し触れておきたい。
(ここから先のことは、USJの関係者に取材した訳ではないので、私の推測が含まれること、ご了承いただきたい。)

USJのテーマパーク内は、各種キャラクターの塊で、それぞれ米国のユニバーサルグループはじめ各企業からライセンスを受けてビジネスを行っている。つまり、USJ自体、キャラクターについてのライセンス契約の塊でなりたっているテーマパークだ。
ライセンス契約の内容は、単にキャラクターを使用したアトラクションについてだけではなく、当然にキャラクターグッズも対象となっている。新しいキャラク ターグッズを製造・販売しようとすれば、当然、ライセンサーに企画説明をし、その了承を得て、ライセンス料を支払った上でないと製造・販売できない。
USJには、「すぱいだぁ麺」というカップ麺がある。「麺」は明らかに日本語だから、「すぱいだぁ麺」はUSJが独自に考え出した、関西らしいキャラク ターグッズだと思うのだが、この商標登録(商標登録5181407)がおもしろいことになっている。出願の時は、USJの名前で出願され、USJを権利者 として登録されているのだが、登録後半年ほどして、マーベル・キャラクターズ・インコーポレーテッド(スパイダーマンのライセンサーと思われる)に移転さ れているのだ。このことから、USJが独自に考えたグッズの「名称」についてまで、ライセンサーに権利譲渡することが契約内容になっているのだろうと伺わ れる。

キャラクターグッズの売り上げ、そして、そのために支払われるライセンス料は膨大な金額になるので、USJとしては、できるだけオ リジナルのキャラクターグッズで勝負したいはずだ。しかし、既存のキャラクターをもとにした「独自商品」では、結局、ライセンサーにすべて権利を持って行 かれてしまう。一方、既存のキャラクターと無関係に独自のキャラクターを起用しても、売れるとは限らない。
そこで、MOPPYという独自のキャラクターを、エルモのお友達という設定にすることで、その人気にあやかって売りだそうという戦略をとったのだろう。
こういう方法は、東京ディズニーランドのダッフィーなどでもとられているから、特に新しい手法という訳ではない。ただ、いつまでもライセンスという路線だ けに甘んじるのではなく、独自キャラクターを売り出す戦略にも取り組みつつあるところに、「やるなぁ!ユー・エス・ジェイ」と感じた次第である。(だから といって、私には、MOPPYは買えませんけどね。)


タイ・インドネシアにおける権利行使(6)(弁理士・弁護士 加藤光宏)

  • 2014年 5月 19日

資料はこちら

【民事訴訟or刑事訴訟?~STARBUCKS事件】
 ちょうど、本件の調査研究を行っているときに、タイで商標権の侵害事件が発生した。STARBUCKSの商標権侵害事件である。参考になると思われるので、その内容を紹介する。
 バンコクでコーヒー屋台を営んでいる者が、STARBUNGという名称とSTARBUCKSと一見、紛らわしい商標を用いていた(どのような商標かは、セミナー資料をご覧ください)。
 これに対し、STARBUCKSは、民事的な解決を試みるべく、2012年10月以降、数回にわたってSTARBUNG側に警告書を送付した。ところが、STARBUNGは、警告書を無視して、商標を使い続けるだけでなく、STARBUCKSに対して、商標の仕様を中止する代わりの補償金として約900万円を要求してくる始末であった。STARBUCKSは、裁判所での調停を申し立てたが、STRABUNGが拒否したため、調停は不成立となった。
 それでも、STARBUCKSは民事的な解決を試み、裁判所からSTARBUNGに対して、STARBUNGの名称およびロゴの使用の差止命令が出されたが、STARBUNGは、それすらも無視して商標を使用し続けていた。
 結局、STARBUCKSは、2013年10月に刑事事件の申し入れも行った。正確に、どのような手続きを行ったのかは不明であるが、この申し入れ後の手続きの進行とタイの弁護士のコメントによれば、STARBUCKSは、検察官を加えず、単独で裁判所に起訴したようである。STARBUNG側は、当初、裁判所からの出頭命令を無視していたようだが、さすがに刑事事件ともなると、無視し続けることもできず、STARBUNG側が商標をBUNG STARに変更することで和解が成立した。余談ではあるが、STARBUNGは、この事件を契機に、バンコクで有名になり、商売繁盛しているとのことである。
 この事件でSTARBUCKSは、当初、民事的な解決を試みたが、解決に至らなかったため、刑事的な措置に移行した。この事件は、あくまでも一つの事例に過ぎず、必ずしも民事的措置から開始して刑事的措置に移行すればよいというものでもないし、解決には刑事手続が必要という訳でもない。この事案を参考にしながら、解決策は、その事案ごとに検討する必要があろう。
 なお、この事件について、タイでは、STARBUCKSのような大企業が、現地のコーヒー屋台を相手に権利行使したことに対して批判的な意見もあったようである。タイでの権利行使には、こうしたリスクも考慮に入れる必要があると思われる。

【税関における水際措置】
 税関での水際措置について、法律上は知的財産権の侵害全てに対して適用できることになっている。しかし、実運用に欠かせない通則が用意されているのは、商標と著作権に対してのみである。従って、実務上、商標権、著作権侵害の場合でないと、水際措置をとることはできない。
【インドネシアにおける権利行使】
 インドネシアについては、なかなか詳細な情報が得られていない。例えば、知的財産権侵害に対して、刑事訴訟と民事訴訟のいずれがとられているかという点についても、客観的な統計データが得られない。水際措置については、法律上は差止めが可能な規定となっているものの、実運用をするために必要となる規則や通達が整備されていないとのことである。著作権や商標権を対象とする規則については、2012年7月30日に発効したものの、まだほとんど運用には至っていないとの情報もある。
 このようにインドネシアについては、制度は整っているとしても、その運用に非常に問題があるようなので、侵害への対処は、現地の代理人に相談すること抜きに進めることはできないと思われる。
 インドネシアの事件を担当している弁護士から聞いた情報によれば、インドネシアでは、刑事手続をとるために、警察に告訴をする場合に、非公式な費用を請求されることがあるので注意する必要があるとのことである。例えば、警察からOperation Feeなど、いかにも公式な手数料かのような名目で費用を請求されるが、実体は、領収書も発行されない非公式なものであることがあるとのことだ。企業としては、こうした非公式な手数料を支払わないよう、注意する必要があろう。

(完)


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