タイ・インドネシアにおける権利行使(1)(弁理士・弁護士 加藤光宏)

タイ・インドネシアにおける権利行使(1)(弁理士・弁護士 加藤光宏)

  • 2014年 4月 28日

【はじめに】
 平成26年1月31日に日本弁理士会東海支部主催で「知的財産セミナー2014 -タイの知財丸わかり」が開催された。このセミナーは、
 ・タイ、インドネシアの知財動向
 ・特許セッション(出願、小特許、出願戦略等)
 ・商標セッション(出願、審査、識別力、周知商標等)
 ・権利行使セッション(刑事訴訟・民事訴訟の特徴、訴訟事例等)
の4部構成であり、筆者は権利行使のセッションを担当した。セミナーで用いた資料は、弊所ホームページ内の出版物/講演資料のコーナーにアップしてある。このブログでは、今後、数回に分けてセミナーで用いた資料の解説記事を掲載する予定である。

 日本弁理士会東海支部では、上記セミナーに向けて、東南アジア委員会を立ち上げ、タイ・インドネシアの知財制度の調査研究を行ってきた。この活動では、はじめに種々の文献、資料、インターネット上の情報などを収集・検討し、疑問点を整理した上で、2013年10月に、現地調査として、タイの法律事務所、裁判所(CIPITC)、最高検察庁などを訪問し、ディスカッションを行った。上記セミナーには、これらのディスカッションを通じて得られた情報もふんだんに含まれている。ディスカッションで得られた情報等は、あくまでもディスカッションに応じていただいた現地の弁護士、裁判官、および検事の私見に過ぎない場合もあるため、記事の中では、ディスカッションで得られた情報を区別できるように気をつけたいと思う。
 以下の記事に付した見出しは、それぞれセミナー資料の各ページのタイトルである。セミナー資料を片手にご覧いただければと思う。なお、ブログの記事においては、細かく参考文献などは提示しないので、その点も、ご了承いただきたい。

【タイにおける権利行使の方法】
 知的財産権の権利行使の方法としては、裁判所での民事的措置および刑事的措置、税関での水際措置が挙げられる。民事的措置では、差止請求、損害賠償請求が可能である。刑事的措置では、侵害者に対して禁固・罰金などの刑罰が科されることになる。水際措置では、輸入時に侵害品が税関で差止められ、廃棄等される。
 特徴的なのは、刑事的措置において、「経済的補償」が認められていることである。タイでは、著作権侵害については罰金のうち半額を、被害者に交付する制度がある(この制度は特許等にはない)。しかし、この資料で述べている経済的補償は、罰金の一部を被害者に交付するということではなく、知的財産の侵害によって被った損害の賠償を刑事手続きの中で請求することができる制度のことである(タイ刑事訴訟法40条~51条)。これは刑事的民事訴訟とでも呼ぶべき制度であり、法律上はあくまでも民事訴訟に分類されるものだが、検察官が被害者の代理人となって損害賠償請求手続きを遂行できる旨が規定されており、被害回復請求に対する判決は刑事判決の一部をなすという位置づけになっており、刑事手続と密接に関わった手続きとなっている。刑事訴訟を前提とする請求であるから、有罪のときにのみ損害賠償請求も認容され得るのであり、無罪判決のときには損害賠償請求も棄却されることになる。(←ここ、結構大切なところ!)
 タイの最高検察庁の検察官は、この刑事的補償について、「被告人を有罪にすることに次いで、損害賠償請求することが検察官の重要な役割でもある。被害者に損害が生じていることが分かっている場合、検察官は、刑事手続において、その損害賠償を請求しなくてはならない。」と述べていた。
 タイにおける権利行使は、全体の95%以上が刑事事件である。その理由は、いろいろとあるだろうが、上述の経済的補償が受けられることも一つの理由として考えられるのではなかろうか。
【タイにおける侵害対応関連機関】
 タイにおいて知的財産権侵害に対処する機関としては、タイ税関、タイ経済警察、タイ商務省知的財産局、タイ検察庁知財専門部、タイ知的財産及び国際取引中央裁判所(CIPITC)、特別捜査機関が挙げられる。それぞれの機関の役割についての説明は省略する。
 タイが知的財産権侵害への対策を進める契機となったのが、1995年のWTO TRIPS協定である。同協定では、加盟国に対し、知的財産権の行使について民事的措置、刑事的措置を整えることを要求しており、CIPITCやタイ検察庁知財専門部などは、この要求に応えるべく設立されたものである。
【タイ知的財産及び国際取引中央裁判所(CIPITC)】
 タイの知的財産権保護において、中心的な役割を果たすのがCIPITCである。普通にシー・アイ・ピー・アイ・ティー・シーと読むしかない。略語にしても長い。それは、タイの人も感じているらしい。知的財産権関係の方は、「IP Court(アイ・ピー・コート)」という通称を使うことが多いとのことである。
 CIPITCは、知的財産権等を専門に扱う裁判所であり、日本の知財高裁と似ている点もあるが、タイの法律上の位置づけは高裁ではなく一審の特別裁判所である。タイでは、知的財産権の民事、刑事事件は、全てCIPITCに係属する。そして、通常の事件は、日本と同様に三審制であるが、知的財産権事件は、一審がCIPITC、二審が最高裁という二審制となっている。
 CIPITCは、三人の裁判官が審理に当たる。裁判官の構成は、二人が判事(Career Judgeと呼ばれる)、一人が補助判事(Associate Judgeと呼ばれる)である。補助判事は、エンジニア、技術の研究者、弁理士など、技術的なバックグラウンドを有している者がなる。このように、技術的なバックグラウンドを有する者が加わることにより、特許事件など技術的な理解が欠かせない案件にも対応できるようにしているとのことである。補助判事も裁判官の一人であるため、日本における専門員と異なり、判決に加わる。単に技術を判事に解説することだけが役割ではない。
 CIPITCでの訴訟では、通常の訴訟手続と異なる固有の手続が設けられている。例えば、遠隔地にいる証人に対する尋問の便宜を図るためテレビ会議システムを利用した尋問が認められており、当事者の合意があれば証拠書類などもタイ語でなく英語で提出することができる。これら固有の手続きは、民事訴訟法、刑事訴訟法ではなく、「CIPITC設立および手続法」に規定されている。従って、知的財産権について訴訟を遂行する際には、同法の内容を確認することが必要となる。


高橋選手はSP曲「ヴァイオリンのためのソナチネ」で演技できるか?(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2014年 2月 08日

佐村河内守氏による曲は、ゴーストライター新垣隆氏によるものであると騒がれている。
佐村河内守氏の作曲とされていた「ヴァイオリンのためのソナチネ」を、フィギュアスケートのソチ五輪で高橋大輔選手がSP曲として使う予定であり、作曲者の削除の手続きもとられているらしい。
では、この曲をオリンピックで流すことに、著作権法上の問題はないのだろうか?という点を考えてみたい。もちろん、著作権者の許諾を得ずにという前提である。

著作権などの知的財産権が及ぶ範囲は、各国の範囲内とされている(これを属地主義と言う)。今回、オリンピックは、ロシアのソチで開催されているから、オリンピック会場で曲を流すことができるか否かは、日本の著作権法ではなく、ロシアの著作権の問題となる。
では、日本で作曲された音楽に、ロシアの著作権が発生するのか?というと、この点は、ベルヌ条約という著作権に関する条約でカバーされており、ベルヌ条約の加盟国は、お互いの国の著作物を保護し合いましょうというお約束になっている。ロシアも日本もこの条約に加盟しているから、日本人により作曲された音楽は、ロシアにおいても著作物として保護される。

ここで、未解決の問題が一つある。実は、問題の曲は、誰が作曲者か(著作者は誰か?)という根本の問題が解決されてはいないのだ。
ニュースでは、佐村河内守氏による曲は、新垣隆氏が全て自分で作曲したかのように報道されているが、第一に、その真偽は不明である。新垣隆氏に、第二のゴーストライターはいなかったのか?また、もしかすると問題のソナチネに限っては、新垣隆氏以外のゴーストライターが書いたのかもしれない。(仮に新垣氏が書いたとした場合でも、単独の著作物なのか、佐村河内守氏と共作に当たるのかという問題もあるが、この点については、いずれも日本人なのだからベルヌ条約の適用上は問題なかろう。)
だが、ソナチネを書いた真のゴーストライターが、ベルヌ条約の適用を受けない国の国民だった場合、どうなるか?ロシアでは、民法典第4部に著作権法の規定があり(以下、便宜上、ロシア著作権法という)、1255条に「ロシア連邦国民であるか否かを問わず」保護を受けうる旨の規定がある。従って、創作者であることが立証できれば、例えベルヌ条約の適用を受けない国の国民であったとしても、その著作物はロシアで保護されることになろう。
いずれにせよ、ロシアで、ソナチネに対して著作権が認められることは間違いなかろう。

さて、ソナチネが、新垣隆氏によるものかはともかく、ロシアにおいても著作権法によって保護されるものとした場合、その効力はどうなるか?
ロシア著作権法1270条では、「営利目的、非営利目的のいずれで行われるかを問わず」、「著作物の公の実演、すなわち、公開の場又は通常の家族の範囲に属さない相当数の人物が出席する場所における、生の実演又は技術的手段(ラジオ、テレビその他の技術的手段)による著作物の上演」には、著作権が及ぶとされている。非営利目的だから、著作権侵害にはならないという訳ではないのである。日本の著作権法では、非営利の場合には及ばない(著作権法38条)としているのと、規定ぶりが異なっている。従って、この規定だけを見れば、大勢のお客さんが来場するフィギュアスケートの会場で、ソナチネを流すことは、著作権の侵害に当たり得ることになる。
ただし、ロシア著作権法では、1255条に、「音楽の著作物は、公式の若しくは宗教的な行事又は儀式の際に、著作者その他の権利者の許諾を得ず、これらの者に使用料を支払わずに、当該行事の性質上正当な範囲内において、演奏することができる。」という規定があり、その適用が受けられれば、オリンピックで使用することは差し支えない。
この規定の適用を考えるとき、オリンピック自体が、「公式の…行事」にあたることは特に問題なかろうから、もし、「ソナチネ」を開会式等で使用するのであれば、この規定の適用を受けられそうである。しかし、オリンピックの「競技」、さらにその競技の中での一選手の「演技」は、この「公式の…行事」と言えるのだろうか?
残念ながら、この規定の「行事」という語の解釈を判断するのに十分な資料が手元にはなく、はっきりした結論は出せない。オリンピック全体を広い意味で「行事」と捉えれば、一つ一つの競技、演技も「行事」に含まれそうである。また、「行事又は儀式」と並列されている点を重視して、ある程度、セレモニー的なものが「行事」であると狭く捉えれば、開会式、閉会式、表彰式などに該当しない「演技」は「行事」に含まれないということになる。
このように考えてくると、ソナチネを流すことも、オリンピックだから全く問題ない、と簡単には結論できなさそうだ。もっとも、真の作曲者が、高橋選手の演技に対して(…というか、その演技中にソナチネを流すという行為に対して)、著作権侵害を訴えることは、現実には考えがたいから、事実上は何も問題は生じないとは思われるが。


タイ・インドネシアの知財制度セミナー開催しました(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2014年 2月 01日

昨日(平成26年1月31日)、ヒルトンホテル名古屋において、弁理士会東海支部開設日記念「知的財産セミナー2014-タイの知財丸わかり~タイにおける特許、商標、権利行使、およびインドネシアの知財制度概要~-」が開催されました。企業の方、弁護士・弁理士など300人以上の方にご参加いただきました。ありがとうございました。

セミナーは、イントロダクション(タイ・インドネシアの知財動向)、特許セッション、商標セッション、権利行使セッションの4部構成です。それぞれ、弁理士会東海支部の東南アジア委員会委員によるプレゼンテーション、およびタイから招いた3名の弁護士とのQ&Aで構成しました。

私は、最後の権利行使セッションで、講師を担当いたしました。持ち時間が45分でしたが、昨年10月のタイ視察を経て、是非、伝えたいと考えていたエッセンスの部分は、お話しできたと思っています。もっとも、お伝えしきれなかった部分も、たくさんありますので、後日(2月下旬ころになる予定です)、数回に分けて、解説記事を、この樹樹つなぎに掲載したいと思っています。よければ、是非、ご覧ください。


意匠法改正が動き出します(弁理士・弁護士 加藤光宏)

  • 2013年 11月 29日

「経済産業省・特許庁は2013年内をめどに、携帯端末などのソフトの画像デザインに権利保護の範囲を拡大する制度整備の素案を策定する。」との報道がなされた(関連記事)。画面デザインの保護については、先月、セミナーを開いたところだ。(セミナー資料)ようやく動き出したか、という感じである。
 最近までの動向を簡単に説明する。画面の保護についての議論は、最近に始まったことではなく、実は、平成16年ころからずっと議論されてきていた。その上で、平成18年の意匠法改正がなされ、操作画面が一定の範囲で保護されるようになった(資料5ページ)。ところが、お隣の韓国では、それよりも前の2003年(平成15年)から広く画像の意匠を保護しているのである(資料8ページ)。平成18年の改正を経ても、他国と比較すると、日本での画像意匠の保護範囲は、とても狭い状態となってしまっているのが現状である(資料11ページ)。
 そんな中、スマートフォン全盛を迎え、平成19年ころから、画像意匠の保護について議論が再燃した。画像意匠の保護について積極派と消極派の議論は、大きくまとめると、保護の必要性と意匠の本質(物品性)ということになる(資料12ページ)。保護の必要性についての議論は、保護を拡充すべしという積極論と、保護を広げることによる他人からの権利行使を恐れる消極論の衝突である。物品性についての議論は、物品を離れて抽象的な「画像」を保護すべしという考え方と、意匠とは物品のデザインであるという伝統的な概念を尊重する考え方との衝突である。
 こうした議論を経て出てきたのが、「情報機器」という折衷案的な物品を定義し、この画像という形で画像意匠を保護しようとする考え方だ(資料13ページ)。そして、議論は、平成24年11月以降、ここでストップしていた。
 今回、改めて第1回審議会が開催され、その資料が公表された。スタンスとしては、改めて画像意匠の保護について検討をし、法改正の素案をまとめようという姿勢に見える。
 しかし、改正は、「情報機器」という方向性で進むのだろう。冒頭の記事にある「年内をめどに」というスケジュールがたてられていることを考えれば、改めて議論をしている余裕などないと思われる。また、配付資料の内容を見ると、「情報機器」という枠で登録を認める案と並べて、「機能ごとに登録を認める」という案が記載されているが、これはいかにも当て馬だ。この考え方では、「物品」という概念から離れている一方、「機能」という不明瞭な拘束を設けているため、積極派、消極派のいずれからも賛同されないだろうからだ。
 具体的な法改正がどのように進むのかは、しばらく注目する必要があるが、仮に「情報機器」という概念で拡充されたとしても、諸外国(欧州、米国、韓国)と同等の保護とは言えないという点には注意が必要だ。


Google Books合法判決(弁理士・弁護士 加藤光宏)

  • 2013年 11月 16日

Google Booksは合法との米国地裁判決が出されました(関連記事)。Google Booksは、様々な図書をスキャンして電子化し、インターネットで検索・閲覧可能にしたサービスです。これを利用すれば、ユーザが、キーワードを入力すれば、書籍のタイトルに含まれているものだけでなく、本文中に含まれているものまで検索できます。別に、電子化した書籍全体をダウンロード可能にしている訳ではなく、電子化した書籍を販売している訳ではありません。それでも、書籍をスキャンして電子化していることが、複製権の侵害だということで問題になっている訳です。
判決は、Google Booksの行為は、効率的に書籍を検索するための貴重なツールであり、著者や出版社にとっても新たな読者や収入源を生み出している、ということを理由に、フェア・ユース(公正な利用)に当たるとして著作権を侵害していないとしています。
この問題、実は過去に和解がまとまったのですが、地裁がそれを承認しなかったため、判決となりました。和解の過程で、日本の書籍は対象外との方向性が出ていたのですが、今回の判決で、Google Booksの行為は著作権を侵害しないという結論になった訳ですから、日本の書籍のスキャンも同様ということになり、日本への影響も考えられます。(あくまでも米国で日本の書籍をスキャンの対象にする場合のことです。日本の著作権法にはフェア・ユースという規程はないので、日本で、同様のことを行えば、侵害という結論になる可能性もあります。)
米国での訴訟は、上訴されるようです。しばらく動向に注目したいと思います。


意匠法の動向に注目!(弁理士・弁護士 加藤光宏)

  • 2013年 3月 28日

 今年は、意匠法の動向から目が離せない。
 特許庁では、スマートフォンなどの画像について意匠登録を認める方向の検討を進めている。(関連資料
 ここで言う画像とは、例えば、汎用機のOSの画像、アプリケーション・ソフトウェアの画像、ゲームソフトの画像、アイコン自体、ウェブページ画像、壁紙画像などのことである。
 米国、欧州、韓国では既にこれらに対して意匠権での保護が認められている。これに対して日本では、非常に限定的だった。やや粗っぽい表現になるが、機器に最初から組み込まれている初期画面については登録を認めるが、アプリケーションのように後からインストールする画面については登録を認めないというものである。これは、日本の意匠制度が「物品」のデザインという要件を重視してきたことによるものであるが、いかにも世界標準からすれば立ち後れた感は否めない。ここに来て、ようやく特許庁も、これではいけないと本腰を入れることになったのだ。
 その方向性は、従来型の「物品」のデザインというカテゴリーに加え、情報機器の画像という新たなカテゴリーを設けるというもののようである。現状では、各業界団体から賛否両論の意見が出されており、収束までにはまだ時間を要するように見受けられる。
 反対意見の一つには、情報機器の定義が不明確ではないか、将来的に情報機器が拡大し、広範に過ぎる権利が付与され得るのではないかといったものがある。意匠の類否判断や権利範囲をどうするかという観点からは、当然の意見である。
 しかし、そもそも「情報機器」という枠組みに違和感を覚える。意匠の類否判断や権利範囲の議論と、保護対象の議論とは分けて考えた方がよいのではなかろうか。今やありとあらゆる機器が「画面」を持ち、ネットワークに接続される時代である。お掃除ロボットだって、そのうちにご主人様の後をついてくるペットアプリや、シューティングゲームのターゲットアプリ、ゴキブリ駆除アプリなどをインストールできるようになり、その画面について保護の必要性が出てくるかも知れない。現時点で世の中に存在する「情報機器」という物だけを前提に制度を考えていては、産業の変化のスピードにはついていけない。是非、先を見据えた議論を期待したい。


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