高橋選手はSP曲「ヴァイオリンのためのソナチネ」で演技できるか?(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

2014年2月

高橋選手はSP曲「ヴァイオリンのためのソナチネ」で演技できるか?(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2014年 2月 08日

佐村河内守氏による曲は、ゴーストライター新垣隆氏によるものであると騒がれている。
佐村河内守氏の作曲とされていた「ヴァイオリンのためのソナチネ」を、フィギュアスケートのソチ五輪で高橋大輔選手がSP曲として使う予定であり、作曲者の削除の手続きもとられているらしい。
では、この曲をオリンピックで流すことに、著作権法上の問題はないのだろうか?という点を考えてみたい。もちろん、著作権者の許諾を得ずにという前提である。

著作権などの知的財産権が及ぶ範囲は、各国の範囲内とされている(これを属地主義と言う)。今回、オリンピックは、ロシアのソチで開催されているから、オリンピック会場で曲を流すことができるか否かは、日本の著作権法ではなく、ロシアの著作権の問題となる。
では、日本で作曲された音楽に、ロシアの著作権が発生するのか?というと、この点は、ベルヌ条約という著作権に関する条約でカバーされており、ベルヌ条約の加盟国は、お互いの国の著作物を保護し合いましょうというお約束になっている。ロシアも日本もこの条約に加盟しているから、日本人により作曲された音楽は、ロシアにおいても著作物として保護される。

ここで、未解決の問題が一つある。実は、問題の曲は、誰が作曲者か(著作者は誰か?)という根本の問題が解決されてはいないのだ。
ニュースでは、佐村河内守氏による曲は、新垣隆氏が全て自分で作曲したかのように報道されているが、第一に、その真偽は不明である。新垣隆氏に、第二のゴーストライターはいなかったのか?また、もしかすると問題のソナチネに限っては、新垣隆氏以外のゴーストライターが書いたのかもしれない。(仮に新垣氏が書いたとした場合でも、単独の著作物なのか、佐村河内守氏と共作に当たるのかという問題もあるが、この点については、いずれも日本人なのだからベルヌ条約の適用上は問題なかろう。)
だが、ソナチネを書いた真のゴーストライターが、ベルヌ条約の適用を受けない国の国民だった場合、どうなるか?ロシアでは、民法典第4部に著作権法の規定があり(以下、便宜上、ロシア著作権法という)、1255条に「ロシア連邦国民であるか否かを問わず」保護を受けうる旨の規定がある。従って、創作者であることが立証できれば、例えベルヌ条約の適用を受けない国の国民であったとしても、その著作物はロシアで保護されることになろう。
いずれにせよ、ロシアで、ソナチネに対して著作権が認められることは間違いなかろう。

さて、ソナチネが、新垣隆氏によるものかはともかく、ロシアにおいても著作権法によって保護されるものとした場合、その効力はどうなるか?
ロシア著作権法1270条では、「営利目的、非営利目的のいずれで行われるかを問わず」、「著作物の公の実演、すなわち、公開の場又は通常の家族の範囲に属さない相当数の人物が出席する場所における、生の実演又は技術的手段(ラジオ、テレビその他の技術的手段)による著作物の上演」には、著作権が及ぶとされている。非営利目的だから、著作権侵害にはならないという訳ではないのである。日本の著作権法では、非営利の場合には及ばない(著作権法38条)としているのと、規定ぶりが異なっている。従って、この規定だけを見れば、大勢のお客さんが来場するフィギュアスケートの会場で、ソナチネを流すことは、著作権の侵害に当たり得ることになる。
ただし、ロシア著作権法では、1255条に、「音楽の著作物は、公式の若しくは宗教的な行事又は儀式の際に、著作者その他の権利者の許諾を得ず、これらの者に使用料を支払わずに、当該行事の性質上正当な範囲内において、演奏することができる。」という規定があり、その適用が受けられれば、オリンピックで使用することは差し支えない。
この規定の適用を考えるとき、オリンピック自体が、「公式の…行事」にあたることは特に問題なかろうから、もし、「ソナチネ」を開会式等で使用するのであれば、この規定の適用を受けられそうである。しかし、オリンピックの「競技」、さらにその競技の中での一選手の「演技」は、この「公式の…行事」と言えるのだろうか?
残念ながら、この規定の「行事」という語の解釈を判断するのに十分な資料が手元にはなく、はっきりした結論は出せない。オリンピック全体を広い意味で「行事」と捉えれば、一つ一つの競技、演技も「行事」に含まれそうである。また、「行事又は儀式」と並列されている点を重視して、ある程度、セレモニー的なものが「行事」であると狭く捉えれば、開会式、閉会式、表彰式などに該当しない「演技」は「行事」に含まれないということになる。
このように考えてくると、ソナチネを流すことも、オリンピックだから全く問題ない、と簡単には結論できなさそうだ。もっとも、真の作曲者が、高橋選手の演技に対して(…というか、その演技中にソナチネを流すという行為に対して)、著作権侵害を訴えることは、現実には考えがたいから、事実上は何も問題は生じないとは思われるが。


タイ・インドネシアの知財制度セミナー開催しました(弁理士・弁護士 加藤 光宏)

  • 2014年 2月 01日

昨日(平成26年1月31日)、ヒルトンホテル名古屋において、弁理士会東海支部開設日記念「知的財産セミナー2014-タイの知財丸わかり~タイにおける特許、商標、権利行使、およびインドネシアの知財制度概要~-」が開催されました。企業の方、弁護士・弁理士など300人以上の方にご参加いただきました。ありがとうございました。

セミナーは、イントロダクション(タイ・インドネシアの知財動向)、特許セッション、商標セッション、権利行使セッションの4部構成です。それぞれ、弁理士会東海支部の東南アジア委員会委員によるプレゼンテーション、およびタイから招いた3名の弁護士とのQ&Aで構成しました。

私は、最後の権利行使セッションで、講師を担当いたしました。持ち時間が45分でしたが、昨年10月のタイ視察を経て、是非、伝えたいと考えていたエッセンスの部分は、お話しできたと思っています。もっとも、お伝えしきれなかった部分も、たくさんありますので、後日(2月下旬ころになる予定です)、数回に分けて、解説記事を、この樹樹つなぎに掲載したいと思っています。よければ、是非、ご覧ください。